乳がんに対する手術-乳房全切除術:どんな治療?入院期間や費用はどれくらい?安全性は?
更新日:2020/11/11
- 乳腺外科、乳腺専門医の坂井 威彦です。
- 乳がんに対する治療方法の一つ、外科療法(手術)について理解するために役に立つ情報をまとめました。私が日々の診察の中で、患者さんに説明をしていること、よく質問を受けること、あまり知られていないけれど本当は説明したいことについて記載しました。
目次
まとめ
- 乳房全切除術は乳がんの治療法の一つであり、乳腺組織を手術で取り去る術式です。
- 乳がんが広い範囲にあることが予想され、乳房温存手術ではがんを取り切ることができない場合に行われます。
- 乳房全切除術を行うと、乳房のふくらみはなくなってしまいます。しかし、乳房の形を取り戻す乳房再建手術も、保険診療で行うことができます。
どんな治療?
乳房について
- 乳房は主に皮下脂肪と乳腺組織で構成されています。
- 乳腺組織のなかにはミルクを作る小葉とそれを運ぶ乳管が枝分かれをして広がり、最終的に乳頭にひらく20本弱の主乳管につながっています(図表1)。
図表1 乳房の構造 模式図
乳がんと乳房全切除術
- 乳房全切除術とは、乳管内に発生して周囲の乳腺組織に広がったがんを、周囲の皮下脂肪も含めて取り除く術式になります(図表2)。
- 乳がんは進行していくと周囲の皮膚や大胸筋に浸潤して行くことがあります。そのような患者さんに対しては、マンモグラフィ、乳腺超音波、乳腺MRIといった画像検査でがんの広がっている範囲を見極めて、取り残しがないように周囲組織を含めて乳房切除を行います。
- また、周囲組織へのたくさん進展している局所進行乳がんに対しては、手術を先に行うのではなく、全身の薬物療法を手術の前に行う、術前薬物療法の適応になることがあります。
図表2 乳房全切除術の切除範囲
この治療の目的や効果は?
- 乳がんに対する手術の目的は、局所のがん細胞を取り除くことです。さらに、切除した標本を詳細に観察することで、がんについての多くの情報を得ることができます。
コラム:がんを知る
- 切除された乳房は病理組織学的検査(顕微鏡でがんを詳細に観察する検査)を行うことで、がん細胞の進行度(ステージ)やがんの悪性度などを知ることができます。
- 近年は分子細胞生物学的手法によって、がん細胞の遺伝子情報を解析することも可能となってきております。患者さん個人個人のがんに対する最適な治療を行うための情報を得られる可能性があります。
どういう人がこの治療を受けるべき?
乳がんの手術療法の選択肢
- 乳がんに対する手術療法には、乳房全切除術と乳房温存切除術があります。
- がんの範囲が比較的狭い患者さんには、乳房温存手術が勧められます。一方、がん細胞が乳房内に広がっている場合には、乳房全切除術が勧められます。
- 乳房の大きさ、乳腺組織の量、家族歴といった患者さん個人の因子に加えて、がんの広がりや性質によって、どちらの術式がより勧められるかが違ってきます。それぞれのメリット、デメリットを担当医とよく相談したうえで治療方針を決めることが重要です。
乳房温存手術について
- 乳房温存手術には、自分の乳房を残すことができるというメリットがあります。
- ただ、病理検査の結果によってはがんが十分に取り切れていないことがわかり、もう一度手術が必要となる可能性があること、約1か月の放射線療法が必要となること、残っている乳腺に再発をきたす可能性があることといったデメリットがあります。
- また、血のつながった親族に乳がんの患者さんが多い方の中には、遺伝的に乳がんになりやすい遺伝子の変異を生まれつきに持っている方がいます。このような変異を持つ患者さんは、乳房温存手術を受けて残った乳房内に再び乳がんができやすいことがわかっているため、乳房全切除術がより勧められます。
実際にはどんなことをするの?
- 乳がんの手術の基本は、がんに侵されている乳腺組織をとることです。
- 乳房温存手術では、がんからある程度の取りしろをつけて切除をします。一方、乳房全切除術では、がんに侵されていない部分も含めて、乳腺組織がある範囲の乳房をすべて取り去ります。
基本の術式
- がんの真上の皮膚とがん細胞がひろがっていきやすい乳首や乳首の周りを含めて、舟のかたちに皮膚を切り、図2の青線のように乳腺組織が残らないように皮膚と皮下脂肪の間を切ります。
- 乳腺組織は大胸筋近くまで広がっていることがあるため、大胸筋筋膜まで一緒に切除を行います。乳腺組織が広がっている鎖骨、胸骨、乳房下溝より2㎝下、広背筋前縁までを取ります(図表3)。
- 乳房全切除術ではこのように乳腺組織を残さないように手術をすることが伝統的に行われてきました。しかし、広い範囲を取りすぎると特に内側、乳房の下側で残っている脂肪組織との間で段差ができてしまい、みためが損なわれることが乳腺外科医の中でも問題とされていました。
図表3 基本の乳房切除
従来の皮膚切開と乳腺切除範囲
近年の術式
- 乳がんの治療成績向上に伴い、術後の生活の質にスポットライトが当たるようになり、患者さんにより優しい、みために配慮した手術が求められるようになりました。
- 近年の画像診断機器の進歩のおかげで、がんの広がっている範囲がある程度術前にわかるようになりました。乳腺組織を120%取り除いてがんを取り残しがないようにする図3のような手術から、がんの広がっている範囲を確実に切除し、さらにみためにも配慮した図表4のような切除範囲の設定が、病状によって行われるようになっています。
図表4 近年の乳房切除
乳頭乳輪温存皮下乳腺全摘の場合の皮膚切開と乳腺切除範囲
手術の後に入れるドレーンとは?
- 人の組織を切ると、組織断面からは組織液が出てきます。
- そのような組織からの液が皮膚の下にたまるため、術後1週間程度は皮膚の下にドレーンという細い管を留置して、液体を外にくみ出すようにしています。
- 出る量が少なくなったら(約40-50mL/日以下)、ドレーンを抜いて退院をすることができます。
手術はどのくらいかかるの?
- 乳がんの手術は通常、乳房への手術と、腋のリンパ節に対する手術を行います。
- 手術時間はわきの下の手術も含めて1時間から2時間程度です。
麻酔について
- 乳腺は比較的皮膚の表面にあるので、局所麻酔で痛みをとることもある程度は可能です。しかし、長時間にわたって局所麻酔で手術を行うことは患者さんへの苦痛とリスクがあるため、日本の大半の施設では全身麻酔で手術を行っています。
- 麻酔の効きやすさに個人差はありますが、麻酔の効果が不十分なまま手術を行うことはありません。途中で目がさめることもまずありませんので安心してください。
- 麻酔薬の使用を中止すれば目が覚めて意識が戻ってきます。基本的には手術室の中で目が覚め、呼吸の安定が確認されてから手術室を出ます。
手術後の日程、入院日数はどのくらい?
- 乳房は体の表面にあるため、体の中の胃がん、大腸がん、肺がんなどの手術に比べて、体への負担は大きくありません。
- 全身麻酔で行われるため、術後数時間は水が飲めませんが、翌日からは通常の食事をとることができ、病院内をほぼ自由に歩き回れるくらいに回復しています。
- 痛みのコントロールができ、切ったところから浸出液を外に排出するドレーンを抜くことができれば退院が可能です。
- 乳房全切除術の場合は、おおむね1週間前後で退院をされる方が多いです。
術後にどのようなリハビリが必要ですか?
- 乳房全切除術後には、皮膚のつれる感じや痛みが発生しますが、術後に運動障害が起こる確率は低く、リハビリが必須というわけではありません。
- しかし、乳房全切除術と一緒に行う腋のリンパ節に対する手術によって、うでの動きが悪くなったり、つっぱりができてしまったりするため、術後にリハビリが行われます。
- 病院のプログラムにより、看護師が指導にあたったり、理学療法士がリハビリをしてくれたりと内容は様々ですが、手指を動かす、腕を前後に動かす、腕を上げる体操などをすることで、必ず元に近い動きが可能になります。
合併症・後遺症にはどのようなものがある?
術後出血
- 手術を終える前には、必ず出血がないことを確認して傷を閉じます。しかし、術後しばらくしてから、止血がなされていた血管が破れてしまい、出血することがあります。このことを術後出血といいます。
- ほとんどは手術当日から翌日の朝までに起こりますので、最初の一晩は病棟のスタッフが注意して傷やドレーンの確認をします。
- 術後出血が起こっても、多くの場合は出血部位をおさえることで止血されます。圧迫で抑えられない出血が続く場合には、再手術が必要となりますが、その頻度は0.5%以下と非常にまれです。
血栓症(エコノミークラス症候群)
- きゅうくつな座席などで長時間同じ姿勢のままでいると、血の流れが悪くなって血管の中に血のかたまりが作られ、そこに痛みや腫れが生じることがあります。これを深部静脈血栓症といいます。
- 血のかたまりがはがれ、肺の血管につまると、胸が痛い、呼吸が苦しいなどの症状をおこします(肺塞栓症といいます)。これらをエコノミークラス症候群と呼びます。
- 手術も、せまい飛行機内と同様に、全身麻酔中の時間+術後一晩はほぼ同じ姿勢で寝たまま過ごすため、エコノミークラス症候群のような症状が起こる可能性があります。
- 起こる可能性は0.05%以下と非常に低いのですが、起こると命にかかわることがあります。そのため、手術中から翌日歩行可能になるまで足にマッサージポンプをつけていただき、血液の流れがとどこおらないような予防を行っています。
創感染
- 傷が感染を起こすと高熱が出たり、傷が赤くなって腫れてきたりすることがあります。
- さらにそれが進むと、傷から膿が出てくることもあります。たまった膿を外に出してあげるなどといった処置が必要になります。
術後の神経障害(感覚神経)
- 乳房全切除術では体の筋肉を動かす神経(運動神経)を切除することはありません。ですから、術後にリハビリを要するような運動障害をきたすことはありません。
- しかし、乳房皮膚に集まる感覚神経が乳房全切除術で損傷されるため、手術を行った範囲の腕や腕の内側の感覚が鈍くなったり、ピリピリしたりすることがあります。
- これらの症状は、術後数か月から数年単位で少しずつ改善していきます。
切除と同時に乳房再建をすることができる?
- 2013年に乳房全切除後の人工物を用いた乳房再建が、保険診療の適応となりました。このことで、乳房を失った乳がん患者さんの気持ちを楽にすることが可能となりました。
- ただし、乳房全切除術と同時に乳房再建をすることが許されるのは、基本的にリンパ節転移がない患者さんに限られています。
- 初回手術と同時に乳房再建を行わなかったとしても、術後治療が落ち着いたところで乳房再建術を受けることも可能です。最適な時期については担当医とよくご相談ください。