甲状腺癌の手術:どんな治療? 治療を受けるべき人は? 検査内容や代替手段、リスク、合併症は?
更新日:2020/11/11
- 甲状腺専門医の伊藤 公一と申します。
- 甲状腺というのは日常的に意識することのない臓器です。これは、甲状腺の病気になっても、痛みがでるなどのわかりやすい症状がないことが大きな要因かもしれません。
- でも、このページを読んでいただいている皆さんは、なんらかの理由で甲状腺がんの手術について知りたいとお考えだと思います。
- そこで、このページでは甲状腺がんについて、理解しておくべきことや、よく質問を受けることなどをまとめてみました。
目次
まとめ
- 甲状腺がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法がありますが、中心となるのは手術で、そのほかの治療法は手術の補助的な役割を果たしています。
- 手術には甲状腺切除とリンパ節切除(郭清【かくせい】)があり、甲状腺切除には甲状腺をすべて切り取る「全摘術【ぜんてきじゅつ】」と甲状腺のおよそ半分を切り取る「葉【よう】切除術」の2つがあります。
- 甲状腺がんの手術の後に甲状腺ホルモンがあまりでなった場合でも、お薬として適切な甲状腺ホルモン剤を飲めば、仕事や運動などに制限はなく、ごく普通の日常生活を送ることができます。
甲状腺がんって、どんな病気?
- 甲状腺はのどぼとけのすぐ下にある蝶【ちょう】が羽を広げたような形の臓器(図表1)で、甲状腺ホルモンをつくりだして血液中に分泌【ぶんぴつ】する役割をもっています。
図表1 甲状腺のある場所と形
甲状腺は蝶のような形をしている
。
- 甲状腺がんは、甲状腺の細胞ががんに変化することで発生し、最初は小さな甲状腺がんでも、時間がたつと大きくなって、甲状腺の外側まで広がることもあります。
- ほかのがんと同じように、甲状腺がんも早期発見、早期治療が大切なのです。
手術にはどんな目的や効果があるの?
- 手術の目的は甲状腺に発生したがんをすべて取り除くことで、これには甲状腺の中にあるがんだけでなく、近くのリンパ節に流れ込んだがんも含まれます。
- 甲状腺がんが血液の流れに乗って肺や骨などに飛んでしまった場合には、まず甲状腺の中とリンパ節のがんを手術で取り除き、肺や骨などのがんに対しては、放射線を当てる治療やお薬(抗がん剤)を使った薬物療法を行います。
甲状腺の手術には、どんな種類があるの? どんなことをするの?
- 甲状腺がんに対する手術には、甲状腺内のがんをまわりの甲状腺の組織とともに切り取る甲状腺切除術と、リンパ節のがんを取り除くリンパ節郭清術の2つの要素があります。
- 甲状腺切除術には、甲状腺をすべて切り取る「全摘術」と、甲状腺の片側だけを切り取り、反対側は残す「葉切除術」の2つの方法があります(図表2)。
図表2 甲状腺がんの手術
甲状腺がんの場所、大きさ、リンパ節やほかの臓器にがんが及んでいるかどうかなどを考慮して決めます
- どちらの方法を選ぶかは、甲状腺内のがんの場所、大きさ、リンパ節や肺そのほかの臓器にまで甲状腺がんが及んでいるかどうか、などの条件を考慮して決めています。
- 手術の流れを次にまとめます。
甲状腺がんの手術の流れ
- 手術は全身麻酔をかけて行います。
- 一般的には鎖骨の少し上を皮膚のシワに沿って横向きに切り開き、適切な部分の甲状腺を切除し、リンパ節を郭清し(切り取り)ます(術)。
- 切り取る手術が終わったら、傷を糸で縫って(縫合【ほうごう】終了します。
- 手術の後には、くびの中に血液などがたまってしまうことがあり、これを体外に導き出す管(ドレーン)を入れておくこともあります。
- この管は術後の経過が順調であれば、数日で抜くことができます。
ほかにどんな治療があるの?
- 甲状腺がんを完全に治すためには手術は欠かせず、手術以外の方法では完治することができません。
- 甲状腺がんが血液を介して肺や骨などのほかの臓器にまでがんが及んでしまった場合、これをすべて手術で取り除くことはできません。
- その場合には、放射線を放出する能力をもったヨウ素を投与して内部から放射線を当てる治療を行います(からだの中に入ったヨウ素は甲状腺に集まる性質があります)。
- 放射線治療の効果がない場合、あるいは効果が期待できない場合にはお薬(抗がん剤)を使った薬物療法を行います。
甲状腺がん手術のための入院中の生活はどんなふうになるの?(図表3)
図表3 入院~退院~外来までの流れ
- 甲状腺がんの手術を受けるために必要な入院期間は、がんの進み具合やどのような手術するかによっても異なりますが、一般的には1週間程度です。
- 手術の前日あるいは数日前に入院し、食事は手術の前日の夕食まで食べられ、手術の前日には入浴して全身を清潔にしておくことは、傷の感染を防ぐために大切です。
- 手術は全身麻酔で行われるため、一般的には手術当日は食事が食べられず、多くの病院では歩いて手術室に入ります。
- 手術が終了した後は医師の問いかけに合わせて手を握ったり、目を開けたりできる程度の意識状態で、ベッドで病棟に戻ってきます。
- 一般的な甲状腺がんの手術であれば、数時間後には意識は完全に覚めて、酸素マスクを外して声を出したり、座ったりすることができるようになります。
- 水を飲むことが許されることもありますが、通常当日は食事は食べられません。
- 手術の翌日からは病棟の中を歩くことができ、食事も食べられます。
- 手術後数日経過して管(ドレーン)が抜ければ、シャワーや入浴が可能となります。
- 昔はくびの傷を消毒していましたが、現在では手術の後に傷を消毒することはありません。
- 食事がきちんと食べられ、管(ドレーン)が抜けて、傷の感染もなければ退院が可能となります。
どんなリスクや合併症があるの?
- 甲状腺がんの手術に伴うリスクや合併症はいろいろありますが、主なものを以下のまとめます。
術後出血
- 甲状腺には大小多くの血管が流入し、あるいは流出しており、手術が終わる段階では出血が止まっていたのに、手術の後に再び出血を起こすことがあります。
- 手術の後にくびの中にたまった血液などを体外に導くための管(ドレーン)が入っている場合でも、出血量が多くなると管から外に導き出すことができず、くびの中に血液がたまってしまうことがあります。
- くびに多量の血液がたまると、甲状腺のすぐ後ろにある気管が圧迫されて呼吸しにくくなり、最悪の場合には窒息してしまうこともあります。
- 術後に出血が起こってしまった場合には、再手術を行い、出血している部分の血を止める必要があります。
甲状腺機能低下症
- 甲状腺を切り取る手術によって十分な甲状腺ホルモンがつくりだせなくなった状態を甲状腺機能低下症といいます。
- 甲状腺機能低下症になった場合にはお薬(甲状腺ホルモン剤)を飲みます。
- 適量の甲状腺ホルモン剤を飲めば、仕事や運動、食事や飲酒などの制限はなく、手術を受けていない方と同じで、ごく普通の日常生活を送ることができます。
副甲状腺機能低下症
- 甲状腺の後ろには、カルシウムの調節を行うホルモンを分泌する副甲状腺という、米粒ほどの大きさの臓器があります。
- 副甲状腺ホルモンがあまりだされなくなると血液中のカルシウム濃度も低くなりますので、お薬としてカルシウム剤などを飲むことが必要になりますが、この場合も適量のカルシウム剤を飲めば日常生活には制限はいりません。
反回神経麻痺
- 甲状腺の後ろには反回神経【はんかいしんけい】という声帯(声門)を動かす神経がくっついています。
- 甲状腺を切り取るためには、甲状腺から反回神経をはがさなければなりませんが、この際に反回神経の麻痺が起こり、結果として声帯が麻痺することがあります。
- しばしば起こる合併症ではありませんが、声帯が麻痺すると、声がかすれる、水や食事を飲み込む際にムセやすくなる、あるいは最悪の場合には呼吸しにくくなることなどがあります。
創部感染
- 一般的な甲状腺がんの手術で傷が感染することはまれですが、血糖が安定しない糖尿病の方や栄養状態が悪い方では、傷の治りが悪かったり、感染を起こすこともあります。
- 安全に甲状腺がんの手術を受けるためには、栄養状態を整え、持病があれば、それを治しておくことが大切です。
くびの違和感
- 甲状腺がんに限らず手術を行えば、必ず手術した部分のまわりに違和感が残りますが、とくに甲状腺のあるくびは胸やおなかよりも敏感な場所なので、手術の後にはくびに違和感が残ることがあります。
- 起こりうる違和感としては、くびのツッパリ感やしめつけ感、逆に感覚が鈍くなることもあり、そのほか物が飲み込みにくいと感じたり、ムセやすくなったり、咳が出やすくなることもあります。
- 人にもよりますが、これらの違和感は手術の直後よりも術後1か月ごろにピークを迎えることが多いようですが、一般的には手術から3〜4か月経過すると違和感が軽くなっていきます。
退院後はどんなことに注意すればいいの?
- 退院後1週間程度は学校や仕事を休んでいただいたほうがいいですが、その間も食事の制限はなく、何でも食べることができ、お酒も飲めます。
- 運動に関しては手術の内容や合併症の有無によって変わってくるので、主治医の先生に相談してください。
- 一般的には近所の散歩程度であれば、退院後ただちに許可されることが多く、本格的な運動については主治医の先生に確認が必要ですが、術後1か月以上経過すれば、たいていの運動が可能になると思います。
- 甲状腺がんのほとんどは進行がおだやかであり、適切な手術を受ければ、多くの場合、命にかかわることはありませんし、再発率も高くありません。
- 肺がんや胃がんなどの術後の外来通院は、術後5年で終了となることが多く、これは、こうしたがんは術後5年以上経過してから再発することがないからです。
- 甲状腺がんは進行が遅いことが多く、術後10年以上経過してから再発することもあるので、ほかのがんのように術後5年で外来通院が終わることはありません。
- 甲状腺がんの状態にもよりますが、多くの専門家が術後15年以上は経過をみたほうが良いとしています。
- 自己判断で外来通院を中断することなく、定期的な外来通院を心がけてください。