末梢神経ブロック:どんな麻酔?どんな手術で行われるの?安全性は?
更新日:2020/11/11
- 麻酔科専門医の原 芳樹と申します。
- このページに来ていただいた方は、末梢神経ブロックについての疑問やご心配があり、分かりやすい説明をお求めのことと思います。
- 患者様が末梢神経ブロックに関する不安や疑問を抱えたまま手術に臨むことがなくなるよう、役に立つ情報をまとめました。
- 私が日々の診察の中で、「特に気を付けてほしいこと」、「よく質問を受けること」、「本当に知ってほしいこと」について記載をさせていただいています。
目次
まとめ
- 末梢神経ブロックは、手術部位に直接麻酔薬を注射する一般的な局所浸潤麻酔に比べて、より広い範囲に麻酔を効かせることができる局所麻酔の一種です。
- 末梢神経ブロックのみで手術する場合もありますが、全身麻酔と一緒に使い、術中、術後通しての痛み止めとして用いられることも多いです。
- 合併症として、局所麻酔中毒、薬剤アレルギー、術後神経障害、血腫などがあります。
どんな治療?
- 痛みを伝える末梢神経は、脊髄から枝分かれして骨や筋肉の間を通り、全身へ分布しています。痛みは末梢神経から脊髄を通り、大脳の痛みを感じる部位に伝えられます。
- 末梢神経ブロックは、この枝分かれした神経の周囲に麻酔薬を注射することで、痛みが脊髄に入る前にブロックし、痛みを感じにくくする麻酔です。
末梢神経ブロックの目的や効果は?
- 手足の神経に対して末梢神経ブロックを行うことで、全身麻酔を用いずに手術をすることが可能です。
- 全身麻酔と併用し、術中術後の鎮痛に用います。
- 術後鎮痛に硬膜外麻酔や副作用の強い鎮痛薬を使いにくい患者様に対して、その代わりとして術後鎮痛に用いられる場合があります。
どういう人が末梢神経ブロックを受けるべき?
- 手や足に対する比較的短時間の手術を受ける場合、末梢神経ブロックのみで手術ができる場合があります。特に全身麻酔のリスクが高い患者様で有用な麻酔です。
- 胸やお腹の術後疼痛管理には持続硬膜外麻酔が有効です。しかし、血液を固まりにくくする治療を受けている患者様は硬膜外血腫という合併症を生じる可能性が高いため、行わないことが一般的です。硬膜外血腫ができると、脊髄レベルで麻痺が起きるからです。末梢神経ブロックは硬膜外麻酔と注射する位置が異なるため、硬膜外血腫を作りません。その利点を活かし、硬膜外麻酔を行えない患者様の術後疼痛管理に用いられます。
- 術後のリハビリテーションで長期間の鎮痛を必要とする場合、末梢神経ブロックにカテーテル留置を加えると、長時間有効な鎮痛が得られます。
- 術後に強い鎮痛薬を用いづらい患者様に対し、末梢神経ブロックの適応があれば有用と思われます。例えば、睡眠時無呼吸症候群、慢性呼吸不全の患者様では術後鎮痛薬の副作用による呼吸抑制は危険なので、末梢神経ブロックの適応があれば活用すべきです。
- 非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)で喘息が誘発される患者様でも、末梢神経ブロックを併用することで、NSAIDsの使用を避けられる可能性があります。
実際には、どんなことをするの?
- 心電図、血圧計、パルスオキシメータ(動脈血液中の酸素飽和度を測定するモニター)を装着し、末梢静脈に点滴を確保します。
- 感染を防ぐため、穿刺部を消毒し、清潔な覆布をします。末梢神経ブロックは手術部位によって針を刺す位置が異なります。顔面や首、体幹、脚など様々な部位のブロックがあります。
- 局所浸潤麻酔と異なり、注射の目標となる神経が体表面ではなく筋肉の深いところにあります。注射針の先端と神経の位置を確認するために、超音波診断装置や神経刺激器を用います。
- 針が目的とする位置にあることを確認し、局所麻酔薬を注入します。長時間の鎮痛を目的とする場合、カテーテルを留置することもあります。
- 全身麻酔を併用する末梢神経ブロックでは、先に全身麻酔を行い、眠った状態でブロックを行うことも一般的です。
- 手術中は全身麻酔を併用しない場合でも、鎮静薬を用い、うとうととした状態にすることがあります。
末梢神経ブロックを行わずに手術を受けることはできますか?
全身麻酔と末梢神経ブロック
- 全身麻酔に禁忌症例はなく、基本的にすべての手術が全身麻酔のみで行えます。末梢神経ブロックのみで行える手術で、患者様の全身状態が悪く、全身麻酔を行うこと自体が危険である場合は、患者様の利点を考慮した上で、末梢神経ブロックでの手術を強くお勧めすることがあります。
- 過去に全身麻酔を受け特異な反応が起きた患者様では、十分に検討した上で、末梢神経ブロックを含む区域麻酔のみでの麻酔を計画する場合があります。
術後疼痛コントロールと末梢神経ブロック
- 術後疼痛コントロールの有用性で、末梢神経ブロックの併用を勧められた場合でも、末梢神経ブロックを行うことなく全身麻酔のみで手術を行うことは可能です
- 末梢神経ブロックを行わない場合、術後鎮痛には経口薬、座薬、点滴、皮下注射、筋肉注射などを用います。
手や足の整形外科手術と末梢神経ブロック
- 手や足の整形外科手術で、手術直後に神経学的所見(動き、感覚、力の入り具合など)を調べる必要がある手術では、あえて末梢神経ブロックを避けることがあります。
- 末梢神経ブロックが良く効いていると、動きや感覚が鈍り、手術の評価が難しくなるからです。
末梢神経ブロックを受けるにあたって
術前検査と準備
- 末梢神経ブロックのみで手術を受ける予定の患者様にも、全身麻酔を受ける患者様と同等な術前検査、準備が必要です。
- 過去に局所麻酔を受け、気持ちが悪くなったり、アレルギー、ショックを起こした既往がある場合、可能な限り詳しくお話ください。末梢神経ブロックの可否を決める重要な情報です。
手術中のお願い
- 末梢神経ブロックを行う際、患者様に不意に動かれると危険です。そのため、意識下でブロックを行う場合は穿刺部に痛み止めをしますので、ふいに動かないでいただけますよう、ご協力をお願いいたします。
- 特に腕、肩の手術に対するブロックでは、首の近傍に注射が必要になります。その際、首の位置を保てないようであれば他の方法に変更することが安全な場合もありますので、無理に我慢なさらずお伝えください。
手術中の麻酔法変更
- 末梢神経ブロックを含む区域麻酔は、局所麻酔薬を用います。局所麻酔薬は正しく用いた場合でも、鎮痛の効果に個人差があります。
- 全身麻酔を併用せずに手術を開始し、手術中に痛みが強くなり末梢神経ブロックのみでの手術続行が難しいと判断した場合は、その時点から全身麻酔併用とすることがあります。
理解しておきたい リスクと合併症
局所麻酔薬によるリスク
- 局所麻酔薬には副作用として、血圧低下、心拍の異常、息苦しさ、吐き気、眠気などがあります。末梢神経ブロックでは比較的大量の局所麻酔薬を用いますので、これらの症状が起こることがあります。
- 局所麻酔薬が血管内へ吸収されたり、血管内への直接投与がなされ血中濃度が過度に上昇すると、局所麻酔中毒という合併症が起こります。初発症状として、めまい、耳鳴り、口周囲のしびれが起こり、重症化すると意識消失、痙攣、昏睡、呼吸停止、不整脈、心停止となります。救命処置として気管挿管、人工呼吸、心肺脳蘇生が必要となることがあります。局所麻酔中毒には脂肪乳剤の点滴投与が有効とされています。
- 局所麻酔アレルギー、アナフィラキシーのリスクは、他の区域麻酔と同等にあります。
術後神経障害
- 末梢神経ブロック後、合併症が無くても、数日にわたって感覚鈍磨、運動障害、異常感覚がみられることがあります。時間の経過とともに改善するのが正常ですが、これらの症状が数か月、数年単位で続く場合、術後神経障害と呼称されます。
- 原因として穿刺時の神経損傷や局所麻酔薬の神経への影響が考えられていますが、はっきりと鑑別できないこともあります。
- 対症療法やリハビリテーションによって症状の緩解を目指します。
その他のリスク
- 穿刺時の出血、出血による血腫形成、局所感染、カテーテル留置を行った場合のカテーテル断裂なども合併症として報告がありますが、頻度は低いと思われます。
末梢神経ブロック後について
- 末梢神経ブロックの効果は、数時間から1日程度続きます。鎮痛が良く効いている間は、感覚が鈍磨し、手足の動かしづらさが継続することがあります。感覚や力の入り具合は自然に戻ってくるのが正常です。
- 症状が長引く場合は術後神経障害の可能性があるので、我慢せずお知らせください。
よくある質問
手術を全身麻酔で行う場合、末梢神経ブロックを併用してもらった方がよいのか、不必要なのかよくわかりません。
- 末梢神経ブロックを併用する利点が非常に大きい場合、もしくは、末梢神経ブロックを併用しないと全身麻酔が非常に難しくなるような場合は、麻酔担当医がその旨を明確に説明するはずです。その説明にご納得されましたら、末梢神経ブロックの併用をご承諾お願いいたします。
- 反対に、末梢神経ブロックを行わなくても他の手段による鎮痛が容易な手術では、麻酔担当医から全身麻酔のみでも手術はできますと説明があるはずですので、ご希望をお伝えください。
- 単純に「余分な注射は嫌だから末梢神経ブロックを拒否する」、というのも悪い選択ではありません。
スポーツをするので術後神経障害は絶対にさけたいのですが…
- 末梢神経ブロックを行う場合、末梢神経障害の可能性はゼロではありません。術後神経障害を絶対に避けたいのであれば、やらないことが妥当です。
- 術後の鎮痛方法について検討は必要ですが、大部分の手術が全身麻酔のみで対応可能です。
ガイドラインなど追加の情報を手に入れるには?
- 専門家向けですが、抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドラインがあります。
- http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/guideline_kouketsusen.pdf