肺切除術(胸腔鏡手術を含む):どんな治療?合併症は?入院期間は?
更新日:2020/11/11
- 呼吸器外科専門医の田中 文啓と申します。
- このページに来ていただいた方は、ご自身またはご家族、お知り合いの方が肺がんと診断され、どのような治療法があるのかについて知りたいと考えられているかもしれません。
- 肺切除は主に肺がんの治療のために行われる手術ですが、さまざまの方法があります。ここでは、肺切除術について理解するために役に立つ情報をまとめました。
- 私が日々の診察の中で、「特に気を付けてほしいこと」、「よく質問を受けること」、「あまり知られていないけれど本当は説明したいこと」についてまとめました。
目次
まとめ
- 肺がんに対しては、手術が可能であれば肺切除が完治のために一番良い治療法です。
- 肺がんに対しては、がんを肺の”ふくろ”ごと取り除く肺葉切除が標準的な方法として行われます。
- 以前は”肺葉切除”のためには大きく胸を開く開胸手術が必要でしたが、最近では内視鏡で行う胸腔鏡手術により体への負担も小さくなってきました。最近では内視鏡での操作をロボットで行う方法も健康保険でできるようになりました。
- 手術後の合併症を減らすために、手術前からの禁煙は最も大事なことです。
- また、許可が出たらできるだけ早く立ち上がって動くこともとても大事です。
どんな治療?
肺切除が使われる場面
- 肺切除は主に肺がんの治療として行われます。
- その他に、大腸などのほかの臓器から肺に転移してきた場合,薬だけでは治らない感染症の場合(“非結核性抗酸菌症”や”アスペルギルス症”などのかび、など)、にも行われます。
肺がんの手術について
- 肺がんの治療は、手術、放射線治療、薬物療法に大きく分けられますが,肺がんを治すためには、可能であれば手術によって悪い部分を取り除くのが最善の治療と考えられています。
- 肺は、右は上、中,下の3つ,左の肺は、上と下の2つの肺葉と呼ばれる”ふくろ”に分かれています。
肺がんの手術の種類
- 肺葉切除:がんが発生した部分の肺葉をふくろごと取り出す
- リンパ節郭清:リンパ節をとってきてがんの転移がないかどうか調べる
- 下図は、右下葉に発生した肺がんの場合を示しています。
図表1 肺がんの手術(右下葉に発生した肺がんの場合)
- 高齢や体力的に肺葉切除がきつい場合には、肺葉全体ではなくその一部を切除する”部分切除”や”区域切除”が行われることがあります。これにより肺切除の範囲を減らすことができるので、まとめて”縮小手術”と言われます。
- 非常に早期の肺がんに対しては、肺葉切除が可能な場合でも、あえて”縮小手術”を選ぶ場合もあります。
- 逆に、がんが大きい場合や隣の肺葉にまで広がっている場合などは、片側の肺をすべて取り除く肺全摘除が行われることもあります。
図表2 縮小手術と標準手術
- また、肺がんが肋骨や心臓の近くの大きな血管などに広がっている場合は、これらを一緒に取り除くこともあります。これを“拡大手術”といいます。
- よく行われるのは、肋骨などに広がった場合にこれらを一緒に取り除く手術です。
図表3 拡大手術
- これらの肺切除のうちどれを選ぶのか、また肺に到達するために胸を大きく開いて行うのか(“開胸手術”)あるいは手術用の内視鏡(“胸腔鏡”)で行うのか、はそれぞれの患者さんによって一番適した方法を選ぶ必要があります。
この治療の目的や効果は?
- 肺切除の目的は、安全かつ確実に悪いところを取り除いて病気を治すことです。
- 最近は、内視鏡を用いて創を小さくしたり(“胸腔鏡手術”)、肺の切除範囲を少なくする(“縮小手術”)、といった体への負担の少ない手術が増えてきていますが、安全性や確実性を失わないようにしなくてはなりません。
どういう人がこの治療を受けるべき?
肺がんに対する肺切除について
- 肺がんの広がり具合を病期と呼び、大きくI期からIV期までの4段階に分けます。
- 比較的早い時期であるI期またはII期で、体力的に手術に耐えられる場合は、手術が勧められます。
- がんがその周辺に広がったIII期(“局所進行がん”)の一部の患者さんも手術によって治癒の可能性があります。ただしこの場合は、手術前に放射線や薬で治療などを行うことがしばしばです。
- がんが全身に広がったようなIV期では、基本的に手術は行われません。
- 手術が安全にできるかどうか、次のような検査を行います。”肺葉切除”が難しい場合には”縮小手術”や放射線治療などを考えます。
手術前に行う主な検査
- 手術前に行う検査としては、以下のようなものがあります。
がんの診断と広がりをみる検査
- 気管支鏡検査
- 全身CTやPET検査などの画像検査
手術を安全に行えるか確認する主な検査
- 血液検査
- 心電図や心臓超音波検査:心臓の動きをみます
- 肺機能検査:肺活量などを調べます
- 足の血管の超音波検査:血の塊(血栓)がないかどうかを調べます。血栓があると、手術後に血栓が肺に飛んで行って肺の血管に詰まって息がしにくくなる(肺動脈血栓症)ことがあるため、血栓を溶かす治療などが必要となります。
実際には、どんなことをするの?
- 肺切除は全身麻酔で眠った状態で行います。
- 眠った後には自分では呼吸ができませんので、口から気管に管を入れて、ここから人工呼吸を行います。
- また、背中に細い管を入れて痛みを減らす硬膜外麻酔が行われる場合もあります。麻酔については、手術前に麻酔科の先生から説明があります。
- 肺を切除するためには、肋骨で囲まれた胸の中(胸腔)に到達する必要があります。
胸の中へ到達する方法
- 開胸手術:胸を大きく開く
- 胸腔鏡手術:小さな創から手術用の内視鏡(胸腔鏡)を入れて行う
- ロボット支援下手術:内視鏡手術の特殊なものとして、ロボットを使って手術操作を行う”ロボット支援下手術”も2018年4月から健康保険でできるようになりました。
図表4 腹腔鏡手術
図表5 ロボット支援下手術
- 開胸手術にしろ胸腔鏡手術やロボット支援下手術にしろ、肺がんでは基本的に肺葉切除を行います。
- 肺葉切除のためには、悪い部分の肺葉につながっている気管支、肺動脈と肺静脈を切り離します。そして悪いところを肺葉ごと体の外に取り出します。
- 肺がんの場合は、同時にリンパ節郭清も行います。
- 片側の肺を全部取り除く肺全摘除術は、呼吸だけではなく心臓への負担も大きいため、できるだけ避けることが重要です。そのために、気管支や肺の血管を一旦切り離した後に作り直す気管支形成や肺動脈形成といった特殊なやりかたが使われます(下図)。
図表6 気管支形成
- 開胸手術か内視鏡手術かと肺切除の範囲によって、肺切除法は様々な組み合わせがあります(下図)。患者さん個々に最も安全かつ確実でより体への負担の少ない方法を選びます。
- 内視鏡手術は創は小さいですが、必ずしも開胸手術より負担が少ないとは限りません。
図表7 手術の種類・肺の切除範囲と体への負担の相関
- 手術時間はだいたい3時間程度ですが、がんの広がり具合などによって大きく異なります。また実際には、麻酔をかける時間や麻酔を覚ます時間などがこれに加わるので、手術室に入ってから出てくるまでの時間は手術時間に1-2時間加えた時間となります。
- 手術が終わると通常は全身麻酔を覚まします。
- しかし体力が低下している患者さんや”拡大手術”などで手術の負担が大きいときなどは、手術が終わっても状態が落ち着くまではしばらく麻酔をかけたままにしておくこともあります。
- 問題がなければ手術の次の日から歩くことができます。肺動脈塞栓症の予防のためにも、担当医の許可が出たらできるだけ早く動いて歩くようにしてください。これは最初に立ち上がって歩くときに一番起こりやすいので、必ず看護師さんと一緒に行うようにしてください。
- 手術後はドレーンと呼ばれる管が胸の中に入ってきます。この管は、肺の傷の治り具合の観察や出血がないことの確認などのためにとても重要です。順調であれば手術後2-3日で抜きます。管を抜くと痛みもずいぶん楽になると思います。
- 手術後は胸の状態を確認するためにほぼ毎日、胸のレントゲン写真を撮ります。管を抜いて数日みて問題がなければ退院となります。
- 特に合併症が起こらなければ、手術後5-7日前後が退院の目安です。
他にどのような治療があるの?
- 手術が完治を目指す最も確実な治療法なので、肺葉切除が難しい場合は縮小手術、特に区域切除を行います。
- 体力的に手術ができない場合や、どうしても手術を希望されない場合は、放射線治療をすすめます。
- 早期であれば、高精度放射線治療と呼ばれる、がんに強い効果を発揮する方法により完治も期待できます。但し、健康保険が効かず、治療費用は全額自己負担となります。
高精度放射線治療の種類
- 定位放射線治療
- 重粒子線治療
- 陽子線治療
治療を受けるにあたって
- 虫歯があると、そこから菌が肺に落ち込んで手術後の体力が低下しているときに肺炎を起こしやすことが知られています。このため手術前に歯の治療をきちんとしておくことが大事です。
- 普段のんでいるお薬がある場合は、手術前に止める必要があるかどうか、いつから止めるのか、しっかりと確認してください。
特別な準備が必要な場合
- 血をサラサラにする薬を飲んでいる場合:薬の中止や、別の薬への変更、などが必要になります。
- インシュリンをうっている場合:手術前後はインシュリンのうち方が変更になることが多いです。
- 透析を受けている場合:手術前後も透析が必要なので、透析日と手術日を調整する必要があります。
- 間質性肺炎がある場合:手術後に悪化して死亡に至る可能性がある厄介な合併症です。喫煙が最大の敵ですので、禁煙は絶対です。
禁煙について
- 肺の手術で最も大事なことは禁煙です。タバコを吸っていると手術後に肺炎などの合併症を起こしやすくなります。
- 喫煙している方は、手術前後の期間は禁煙するようにしましょう。手術一か月前からの禁煙が大事です。
理解しておきたい リスクと合併症
- 手術によって引き起こされる望ましくないことを合併症と言います。全身麻酔や手術によって全身に様々な合併症が起こる可能性があります。
- 手術後には、肺を切除したことと創の痛みなどのために“息がしにくい”と感じられるかもしれません。しっかりと深呼吸するように心がけてください。
- 痛みがひどくて深呼吸ができない場合には、遠慮せずに伝えて痛みを取ってください。痛み止めを使ったから創の直りが悪くなることはありません。
肺切除のあとの合併症について
- 術後出血:肺切除では、胸の中の様々の血管を切ります。十分に確認した上で手術を終えますが、一旦止まっていた出血が手術後にまた出血しだすことがあります。手術後に出血がみられた場合には、薬(止血剤)で様子を見ることもありますが、時には再度手術が必要になることもあります。
- 肺血栓塞栓症:いわゆるエコノミークラス症候群と呼ばれる合併症です。足の静脈のなかに血の塊(血栓)ができ、これが肺に飛んで肺の血管に詰まって息が苦しくなります。これを予防するためには、手術後にとにかく早く動くことです。一番起こりやすいのは、手術後に初めて立って歩こうとするときですので最初に歩くときは必ず看護師と一緒に歩く練習を始めてください。また、予防のために足に弾性ストッキングをはいたり、圧を繰り返しかけるポンプを着けたり、予防薬の点滴をしたりします。手術前の超音波検査で足に血栓が見つかった場合には、血栓をあらかじめ溶かす治療を行うこともあります
- 空気もれ:肺の縫った隙間から肺の空気が漏れてくることがあります。通常は数日で隙間が埋まって自然に止まります。タバコをたくさん吸っていた肺はもろいことが多く、空気もれがいつまでも続きます。空気もれが自然に治らない場合、ドレーンから薬を入れたり、また手術が必要になることもあります。
- 肺炎:肺の手術後に最も起こる可能性のある合併症です。肺炎を防ぐためには、手術前からの禁煙が最も重要です。また痰をしっかり出すことが大事です。痰を出すためにはしっかりと咳をすることが大事です。咳が十分にできるよう痛み止めを使います。肺炎が起こった場合は、抗菌剤とよばれる薬を使って治療します。だいたい一週間程度で治りますが、重症化して命にかかわることもあります。
- 膿胸:胸腔の中で菌が繁殖した状態を膿胸と言います。気管支断端ろうや肺からの空気もれが多いとき、肺炎が重症化した時などに起こります。高い熱が出ることが多く、胸の中に入れたドレーンから白く濁った膿が出てきます。膿をかき出す手術などを行いますが、治癒までには何度も手術を行ったりして数か月以上かかることもあります。
- 間質性肺炎やその悪化:タバコを吸っている人に多く見られます。薬やサプリメント,漢方薬も原因になることがあります。抗菌薬が効かないため非常に治療が難しいです。手術後2-7日後に起こることが多く、ひどい息切れが特徴です。人工呼吸を行うこともあります。ステロイドホルモン剤などで治療しますが、効かないことも多く、進行すると命にかかわります。肺切除の術後に命を落とす原因として最も多い合併症です。予防のためには、とにかく禁煙です。
- 乳び胸:食べ物の中に含まれる中性脂肪が胸腔に漏れる状態です。吸収された中性脂肪は胸管と呼ばれる胸の中の管を通りますが、ここをリンパ節郭清で傷つけてしまうことがあります。手術後に食事を開始した後に、ドレーンから出てくる液が白く濁ることで気が付きます。しばらくはご飯を食べなかったり脂肪の少ない食事となります。栄養は点滴で補います。手術が行われることもあります。
- 心不全・不整脈:脈が乱れたり心臓の働きが低下することがあります。特に肺全摘除は心臓への負担が大きいため、起こりやすくなります。手術後は状態が落ち着くまで、心電図をつけっぱなしにします。
治療後について
- 特に注意がない限り、食事を含めて日常生活の制限はありませんが、規則正しい生活を心がけてください。特に無理をしなければ、仕事にでても構いません。
- 喫煙していた人は、手術を機会にタバコを止めてください。
- 処方された薬は指示通りにのんでください。他の医療機関で薬を処方された時や、サプリメントを開始する時は、必ず担当医に相談してください。
- 処方された痛み止めの薬は、我慢せずに指示通りに使って構いません。
- 肺切除後は肺炎を起こしやすく、また肺炎が重症化しやすくなっているので注意してください。肺炎予防ワクチン接種も予防に有効ですが、肺炎にかかる可能性がゼロになるわけではありません。
- 風邪やインフルエンザはこじらせると肺炎や様々の合併症を起こす可能性があります。早めに医療機関を受診してください。また、かかりつけ医で治療されてもよくならないときは、手術を受けた医療機関に相談してください。同様に、ワクチン接種についても良いかどうかを必ず相談してください。
肺炎予防のためにできること
- 禁煙
- 熱や咳・痰が出たときは早めに医療機関を受診する
- インフルエンザの予防接種
- 肺炎予防ワクチンの接種
ガイドラインなど追加の情報を手に入れるには
- より詳しい情報や最新のガイドラインについては以下のウェブサイトを参照してください。
- 日本肺癌学会の肺癌診療ガイドライン
- https://www.haigan.gr.jp/modules/guideline/index.php?content_id=3
- 当科(産業医科大学呼吸器・胸部外科)のホームページ:
- http://www.kitakyusyu-gan.jp/
もっと知りたい! 肺切除
肺切除で命がなくなることもあるのですか?
予定通りの手術をしないこともあると聞いたのですが
- 手術前に画像検査で十分に評価を行いますが、実際に手術をしてみると予想以上にがんが進行していることは稀ですがありえます。
- このような場合は、手術の方法を変更するか、場合によっては手術を中止する場合もあります。手術中に担当医から家族に説明が合う場合もあります。